2007年01月25日

谷川はK-1を本気でハッスルにしたいらしい

K-1が中村ノリにラブコール、日本人選手育成プロジェクト始動
http://sports.yahoo.co.jp/hl?c=sports&d=20070125&a=20070125-00000020-spnavi-fight

テレビで自由契約になった野球選手のドキュメンタリーを見たという谷川プロデューサーは「みんなまだ若くて身体能力が高いのにもったいない。あと、もしどこにも行くところがないのなら中村ノリ選手にも挑戦してもらいたい」と、オリックス・バファローズを自由契約になった中村紀洋にもラブコール。「やったら絶対に強いと思いますよ」とプロジェクト参加を呼びかけた。



はいはい。もう、なんでも勝手にやればよろしい(笑)。
清原 v.s. ノリでも、掛布 v.s. 江川でも、きっとバカな客がたくさん集まるよ。

ついでにジャニーズと提携して、コスプレホモショタプロレスでもやったらどうかね。腐女子が大喜びで食いつくと思うぞ。

でも、故アンディ・フグ選手のことを思うと胸が痛むなぁ・・・。
posted by elmo at 20:01| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 怒笑 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月22日

歯は大事だよ〜

ひさびさに煙草ネタ。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060919-00000006-khk-toh

たばこを吸う人は歯の治療代も高くつく―。宮城県国民健康保険団体連合会が、県内の歯科医療機関で受診した50歳以上の患者についてデータ分析したところ、こんな結果が明らかになった。喫煙は歯周病の危険因子とみられており、医療費の負担増大も招く傾向が浮かび上がった。


へぇ。明らかになって浮かび上がったのか。どんな風にかな?

対象者のうち喫煙者は6093人


すくなっ!

非喫煙者は2万5206人(249人は不明)


全然母数違うじゃん。不明ってなによ不明って。

分析結果によると、医療費は非喫煙者の1万5015円に対し、喫煙者は1万7059円と約2000円上回った。


2000円程度ならあんまり関係ないなぁ、俺。
で、一番笑ったのがこの一文。

歯数と喫煙の関係に一定の傾向は確認されなかったが、ゼロ―19本の場合は医療費が1万6000円前後で、20本以上は1万4479円と、歯数と治療代の関連性は高いことが分かった。


歯数と喫煙の関係に一定の傾向がない、ってことは、歯周病の危険因子とは言えない、ってことじゃぁないのでしょうか?危険因子なら、歯周病患者が増える→歯が抜ける→歯数が少なくなるってのが有意な結果として出てないとおかしくない?

歯数と治療代の関連性は高いことが分かったって・・・虫歯が多い人は医療費がかかります、ってだけのことなんじゃないですかね?禁煙を促すのは結構なことでございますが、こういうヘンな情報操作はミットモナイと思うんだがなぁ。ねぇ、河北新報の記者さん。
posted by elmo at 01:02| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 怒笑 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月10日

fujimura氏に回答

fujimuraさん、お待たせしました。
初めての方は、以下の日記とコメントを一通り読んでからってことで、ひとつよろしく。
http://punxlife.seesaa.net/article/22710975.html#comment

まずはお礼からだな。長文のコメント、どうもありがとう。これは本当になんの他意もなく言うのだけど、たとえそれがどんな内容であれ、コメント頂けるのは大変ありがたい。下手なりに文章書くのは楽しいのでね。

んじゃまぁ、一応の礼は済んだところで料理にとりかかりましょうかね。
まずひとつめ。ペットの避妊手術について。

私は猫をはじめ動物を飼ったことがありません。
そんな人間が坂東氏のエッセイを読んで驚いたのは、猫に避妊手術をすることは常識ってことです。
これは理屈ではなく感覚ですが、避妊手術しなければいけないくらいなら猫なんか飼うな、と思います。


坂東のエッセイを読んだだけで「避妊手術が常識だ」なんて思ったらいけませんよ。これに関しては飼い主の数だけ判断があって、何かひとつの答えが常識になることなんて未来永劫無かろうと俺は思っている。ただ俺は、一緒に暮らす猫に避妊手術を施すことを選択した。これは紛れもない事実だし、今後も未手術の母猫1人、子猫8人には手術をする。そういう意味で、基本線として俺は避妊・去勢手術賛成派ということになるだろう。理由は簡単。手術をしないことの方が、手術をすることよりも猫にとってデメリットが多いと思うからだ。

まず、避妊・虚勢をしなかったところで、発情期が来ても相手がいないという問題がある。交通事故や感染症のことを考えると、俺は猫を自由に外に出すなんてことは怖くて出来ない。つまり、家の中にパートナーを用意するか、どこからか相手を連れてきてお見合いさせない限り、猫は悶々とした状態で我慢させられるわけだ。人間と違ってオナニーで処理するわけにもいかないし、ちょっと風俗に、ってなわけにもいかない。飼い主によっては、男の子ならオナニー的な処理をしてあげる、女の子なら綿棒とかで処理してあげるって人もいるけれど、俺はそれも違和感があってあまり賛成できない。

もともと猫というのはセックスによって快楽を得るものでは無いらしく、発情というのはより純粋に生殖への欲求と考えられる。とすれば、実際に子孫を残せなければ悶々もツライだけなのではないか、というのが俺の考えだ。そういった意味では、佐藤亜紀氏が言うような「避妊リングの開発(http://tamanoir.air-nifty.com/jours/2006/08/2006824.html)」というのも、アイデアとしては面白いし効果があるものなら価値があろうと思うが、うーんどうなのだろう、というのが正直なところだったりする。で、現時点において現実的な解決策が無い以上、避妊・虚勢をしなければ周期的にずっとこのツライ悶々を愛猫に課すことになる。これはとても可哀想である。一度発情期の猫と1ヶ月一緒に暮らしてごらんよ。マジでいたたまれないから。

次に、卵巣や子宮、精巣を摘出することで、その部分に関する重篤な病気の心配が無くなるというのもある。実際に子宮ガンなんかのリスクは無くなるし、発情のストレスが無い分長生きするという説もある。まぁ、これはなんとなく後付けの言い訳的な感じもしなくはないが、飼い主としては愛猫に長生きして欲しいのが当たり前なので、避妊を選択するひとつの理由にはなると思う。

もうひとつ。坂東は
獣の雌にとっての「生」とは、盛りのついた時にセックスして、子供を産むことではないか。

なんてことを抜かしている。俺が最も違和感を感じるのがここだ。オスだろうがメスだろうが、獣を含む全ての生物にとっての「生」とは、まず自分自身が生きることである。飼い猫は自然ではないから不幸だと言う人もいるが、自然であることが幸福であるとは俺は思わない。まず自分自身が外敵や風雨に脅かされず、平穏に暮らせることに勝る幸せがあるとは思えないからだ。「大自然の中で生き、セックスして子供を産むことが幸せ」なんてのは、外的に脅かされなくなった人間様だから言えることだろう。

以上が俺が避妊を選択する理由だが、その俺とて外科手術に一片の躊躇も無いわけではない。あえて言えば、止むを得ない、というところだ。ムツゴロウさんのような特殊な環境の人を除けば、殆どの飼い主は葛藤と心配を抱えつつ、止むを得ないから避妊手術を選択しているのだと思う。

「それなら飼うな」と言うなら、「君は飼わなくていいよ、でも俺は飼うよ」ってことでしかない。それは俺のエゴだが、何を言われようと俺と猫はラブラブなのである。俺は猫を死ぬほど愛しているし、家の猫もオフィスの猫も、みんな俺を大好きでいてくれている。それが俺と猫にとっての幸せなのだ。坂東をキチガイ扱いしたら自分の罪が許されるなんて、甘い考えでいるわけがないじゃないの。俺が猫を飼うことに罪があるとしたら、その罪は猫を徹底的に愛することでしか贖えないんだから。

つまり、
それならば、elmoさんは、避妊手術をしたことによって封じられた命に対して詫びているのでしょうか。

ってのも、詫びるんじゃなくて愛することが一番だと思うわけだ。

「命」がどの段階で発生すると定義すべきか、なんて話になるとまたややこしいし。もし、避妊手術をして封じられた命とオナニーでティッシュの藻屑になった精子がどう違うのか、なんて哲学的(?)な話になったらそれこそ収拾がつかないし、そんなの猫も俺も幸せじゃないし。


ってことで、次の料理にいきましょうかね。

坂東氏の文章は、少なくともelmoさんの文章より数倍冷静に書かれています。
elmoさんは肉を食べるが自分で殺すのはイヤだと書いています。
なんという身勝手!
避妊手術も同様で、獣医に施していただいたのであって、自分の手は汚していない。
あらかじめ世の糾弾を覚悟でエッセイを発表した坂東氏の態度が潔く感じられるほどに、elmoさんの自己撞着はひどいものがあります。



だから自家撞着だって言ってるじゃないの。全部エゴだって。エゴで何が悪い?って。それ言ったら、人間なんて全員そうでしょうに。近代の人間はすべからく自分の手を汚さないで生きてる。牛のブッチャーだって豚肉食うし、ゴミは清掃業者が回収すんでしょうが。いちいちそんなこと恥じてて生きていけますかって。

ついでに言っておくと、俺の文章が感情的なのも当たり前。最愛の生物である猫を殺してるキチガイがいる。しかも、それをノウノウとエッセイのネタにしてやがる。冷静にね。こんなこと、許せるわけがない。fujimuraさんは冷静なことがエライと思ってるかもしれないけれど、俺は生憎と「精神的パンクス」なわけで、行儀よくマジメなんてできやしなかったの。(これはパンクじゃなくて尾崎か)。怒りを怒りとして表現できないなんて、そんなつまらんBlog書いてもしょうがないでしょ?

じゃ、次。メインディッシュにいこうか。

>捨てるのだって殺すよりマシ。捨てたことに罪悪感を感じたら、
>次は同じことを繰り返さなければいい。

これは賛同できません。
捨てて野良猫となり、人間を傷つけることもありますよね?
elmoさんの可愛い赤ちゃんが猫によって傷つけられても、文句を言わないのでしょうか。



これ「は」じゃなくて、「全部」賛同できないでしょ?
「殺すより捨てるほうがマシ」と書いたのは、他の事件(http://punxlife.seesaa.net/article/21883523.html)を受けてのこと。もちろん、猫を「捨てる」のは「殺す」ことの次ぐらいに、俺にとっては怒りの対象になる行為だ。捨てるぐらいなら飼うんじゃねぇよ!と言いたいが、それでも崖に叩き落としたり、面白半分で切り刻んだり、閉めきった建物に置き去りにしたりするよりは「マシ」だ、と言いたいだけだ。

ただ、それは野良猫が自分の赤ん坊を襲うからではない。鬼の首とったつもりでいるのかもしれないけれど・・・申し訳ない、俺は赤ん坊を野良猫が引っ掻いたぐらいでは文句は言わない。実際、ウチの息子は赤ん坊の頃から猫に引っ掻かれるは噛みつかれるわしている。猫は猫科だが虎やライオンじゃないんである。赤ん坊が襲われたところで、死ぬほどのケガなんかしない。「息子より猫が可愛いんじゃないの?この人でなし!」と思うかもしれないが、そんなことはない。猫と息子とどっちが大事かなんて、考えたことも無いし今後も考える予定は皆無だ。バカバカしいからね。

だいぶ疲れてきた。そろそろデザートにしようか。

>深く思索した結果だからといって、
>猫を殺すという行為の残虐さは許されるものではない。

坂東氏は許されようとしていないと思う。
elmoさんこそ、誤読してなにを熱くなっているのかと思います。



パンクスが熱くなって悪いか、ってのはもう書いたよね。俺は坂東が「許されようとしている」とは言ってない。「俺は許さないぞ」と言っているのだ。誤読しないように。

あとはまぁ、批判というほどのことはない内容だな。坂東擁護者の罵倒なぞ、痛くも痒くも無い。

ひとつだけ明確にしておく。坂東は、猫を殺しているという一事のみをもって、俺にとっては「絶対悪」である。善悪二元論も糞もない、ただの感情論である。

俺は坂東が大嫌いだし、ブチ殺してやりたいぐらい憎んでいる。

以上、ご静聴ありがとうございました。
posted by elmo at 02:47| 東京 🌁| Comment(10) | TrackBack(0) | 怒笑 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月01日

世界禁煙デーに寄せて ( aka 終戦の辞

「たばこのあれこれ」と題する、cleanair氏のBlog上での論戦(?)は終結致しました。
まぁねぇ、論戦にすらならないで終わっちゃったな。結構楽しめたし、いろいろ見えたのは収穫だったけどね。最終的にはこれ以上のコメントも時間の無駄、ということが明確になったのが撤退の理由であります。つまり、私にとっては、今後なんの勉強にもならなさそうなのでおもろくない。

全般的な感想としては、とにかく話しが通じないのが焦れったかった。コメントする、曲解される、わかりやすくコメントする、まだ曲解される、もっとわかりやすくコメントする、っていう繰り返し。文章はどんどん長くなるのだけど、それでも曲解される。曲解ならまだいいけど、文章変えてまったく違う意味で引用されるなんてこともあったり。こうなるともはやコミュニケーションなんて不可能だもんなぁ。挙げ句の果てが「コメントするな」だもの。ちょっと笑った。

喫煙者も非喫煙者 もいがみ合うことなく双方が本当の意味で笑って暮らせる世の中になるのが理想です。


cleanair氏のBlogに掲げられた宣言。そうそう、これを見たから、私はちょっと話しをしてみようかな、と思ったのでした。これに対する私からのメッセージは、「ウソつき!」である。cleanair氏も含め彼のBlogに集まる嫌煙家達の理想は、喫煙者の抹殺及び煙草の撲滅でしかない。そう主張すること自体は悪いとは言わないが、まあ美しい思想ではないし、だからこそウソで飾る必要も出てくる。つまりは、これが彼らの精神的な幼児性ということだろうな。

さて、ダメなところをあげつらっても、結局なにも言ってないのと同じになってしまう。さすがにそれは私の知性と理性が許さない。じゃあ、彼らがどうすりゃいいのかを挙げて、終戦の辞としよう。

まず、Blogオーナーであるcleanair氏だが、彼にはもっとバランスよく本を読むことを薦めたい。とにかく読解力が無さ過ぎる。これはなにも氏に限ったことではなく、今の日本人全般に言えることかもしれないのだけどね。文章を読んで正確に理解することは、全ての活動の根本になる重要なスキルだ。

それから、モデレータとしてのスキルも上げた方がいいな。おそらくBlogを開設した頃は、彼自身本当に前記のような理想を抱いていたのかも知れない。でも嫌煙家コミュニティに埋没していく中で、彼のバランスは著しく極端に嫌煙家擁護に傾斜してしまったようで。モデレータが傾斜しちゃうと、コミュニティには自浄作用が働かなくなっちゃう。結果、一般社会からみて非現実的でひとりよがりな主張を延々繰り返すといった愚行を演じることになる。所謂マスターベーションだ。これは、本当に気をつけた方がいいと思う。自分で気付かないうちに、正義の軸がどんどん社会とずれていっちゃうからだ。

もう一人。彼のBlogにコメントする人の中で、特にラディカルな人がいる。「よしうさ」氏という、多分女性。この人に関しては、おそらくもう誰も救いようが無い。喫煙者への呪詛で全身凝り固まっちゃってるから、自家発電マスターベーション機関の末期的な症状を呈している。

面白いので、いくつかエピソードを拾ってツッコミを入れてみる。
(面白いとか言っちゃ失礼だけど、本当に面白いんだ、この人。)

・煙草病で死亡した人の事例・・・「享年78歳」

78歳で死んだ人って、普通「寿命」って言わないか?他にも70代レベルがゴロゴロと・・・。

・歯医者が患者の吐く毒臭によって昏倒した。


そいつ歯医者の適性ないよ!「毒臭」って「どくしゅう」って打っても変換されないけど・・・。

・喫煙者が病室に持ち込んだタバコ粒子で入院患者が死亡した。

「タバコ粒子」って・・・。しかもこれ、病室で煙草を吸ったわけじゃないからね。服についてたとかそんなの。完全犯罪のトリックにも使えそうなので、推理作家にはオススメしておきたい(ウソ)。

こういうセンセーショナルなことをたくさん書いてると、自分の文章が自分の目から入って自分の思想に影響していくという永久機関が出来上がっちゃうのだ。昔の人は「言霊」って呼んだらしいけど、呪詛ばかり吐いているとこうなっちゃうよ、という典型的な症例。何度かやんわりとツッコミを入れてみたけど、やっぱり永久機関を止めることは不可能だった。自説への肯定以外、外部からのインプットは遮断しちゃってるもんだから・・・南無。

彼女にはメルトダウンするまで暴走を続けて貰って、生暖かくウォッチしていくしかないだろうな、と思う。可哀想だけれど、それが自分で選んだ生。


つまりは、そういうことだ。

彼らには自分で生をデザインする気概が欠けている。「生きることの意味」を考えているようで実は何も考えていない。「知って下さい!」とか言いながら、何も知らない。だから、「国」とか「法規制」とかの「仮想的な上層」への依存を平然と口にする。自らの力で何かを為そう、自ら選んだ生の責任は自ら取ろうという覚悟が無いから、やすやすと「JTの陰謀」とか「煙草は国による殺人」とか「喫煙は子供への虐待」といった、幼稚な言説に取り込まれてしまうのだ。

さよなら、cleanairさん。
でも、たまにプロキシ踏んで「よしうさ」ウォッチに行くかもw。面白いから。


さて、私の方はというと、この反動でゴリゴリの愛煙家擁護に回ったりはしない。まともで論理的な人であれば、嫌煙家の方ともどんどん話しをしたいと思っております。

また、感情的に私の文章がムカツクという嫌煙家の方も歓迎。
いつでもかかってこい。ペシャンコにしてやるドコモポイント。 (でも暇なとき限定ねw)
posted by elmo at 21:34| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 怒笑 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月31日

なぜ、こうも物事を整理して理解するということができないのだろう。
なぜ「知ろうとしない」と嘆く自らは目と耳を塞ごうとするのだろう。

あなたたちが望んでいるのは、「みんないっしょ」の世界?
話しを聞いて貰いたいの?話したくもないの?同意と同情以外は要らないの?
あなたたちが「知」っているのは、伝聞の事実?
あなたたちが「知」って欲しいのは、データに飾られた権威?
「信じる」ことと、「知る」こととは違うんだよ。
「虐待に等しい」と、「虐待である」は違うんだよ。

私は子を守りたいと願う親だ。
しかし、私は我が子に、異邦人を排除せよと教えない。
私は子の人生の支えになりたいと願うが、人生を選び歩むのは子自身である。

害毒に触れたくないのなら、無菌室から出なければよい。
同意と同情の隔離施設。安全で退屈な生。箱庭。シェルター。

言葉は、毒であり薬である。
毒と薬に境界が無いことも理解せず、薬だけを与えられると思うのは傲慢だ。
posted by elmo at 05:26| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 怒笑 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月02日

このぐらいしてくれたら禁煙してやってもいい

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060302-00000021-jij-int

140万の賞金!
厚生労働省もこのぐらいやってみない?そしたら禁煙してやってもいいよん。
賞金受け取ったら、その金でまた煙草買うけどね。

いや、せっかくだからアムステルダム行っちゃうってのもアリだな。
posted by elmo at 23:44| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 怒笑 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月28日

ファミレスの計算間違い

禁煙席を設けるのはいいことだけど、あまりにもバランスが悪い。最近、本当にこういうのが多いのだ。モスバーガー然り、デニーズ然り。ちなみに、写真は昨夜行ったココスである。
2〜3倍待たせるのが予めわかっているなら、それを改善するのが顧客サービスだと思うのだが。

もちろん、喫煙者割合は時間帯や曜日によって異なるだろう。必要最大限の禁煙スペースを確保したということならば、わざわざこんなエクスキューズをする必要はない。理想はどんな割合になっても完全分煙を実現できる店舗設計だろうが、コスト等考えたら無理なことの方が多いのも理解できる。だが、どんな計算で設計したか知らないが「2〜3倍の待ち」は酷いし、それについて喫煙者の理解を求めるのも間違っているだろう。

「当店は完全禁煙です。喫煙者は来なくて結構。」というなら理解できる。(スタバは「コーヒーの香りのため」とかヘンな言い訳してるからアウトだけどね。)が、店が勝手にニーズとかけ離れといて客に理解を求めたり、客が望まぬ禁煙席を勧めるってのは、根本的に間違っていないか?

94777124_14.jpg
posted by elmo at 19:24| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 怒笑 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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