2006年09月16日

fujimura氏に回答(2)

fujimuraさん、再々の長いコメントありがとう。
今回はね、「坂東」抜きで避妊手術の是非について書こうと思う。

これまでの俺の記事は、あくまで坂東を糾弾することと、問題が拡散してしまうことへの危惧を主題にしてきたわけだけれど、だからといって「避妊手術」に対して俺の思考が停止していると断じるのは早計に過ぎるよ。なにからなにまでキレイな結論が出てその通りに動けるなら、誰も悩みもしなければ苦労もしない。

最初に書きましたが、私は避妊手術のことをよく知らなかったんですよ。
坂東のエッセイ他で、それが半ば常識化していることを知ったわけです、
これ、人間に置き換えたらどうなりますか?


前回も書いたけれど、「常識化」などしていないよ。あくまでも飼い主が考え、獣医のアドバイスや書籍等の情報を参考にしながら判断しているというのが現状だと思う。ただ、避妊手術を選択している飼い主だって、それが100%正しいなんてあんまり思ってないぞ。このことは、花見月さんをはじめ、皆さんのコメントを読んでも感じ取れるはずだ。

俺が避妊手術を選択する理由は既に書いたので、あえて繰り返さない。
ひとつの理由として「子宮がんの防止」とかがあるそうですが、詭弁っすよ完璧に。

と言われても、俺も「まぁ、これはなんとなく後付けの言い訳的な感じもしなくはない」と言った通りで、「そこ、ツッコムとこと違うよ」、と。もっと俺が書いたことの中で、本筋に目を向けて欲しい。

fujimuraさんは、「避妊手術をするぐらいなら飼わなければいい」という主張なわけだよね。人に飼われず、自然に生き自然に死ぬのが動物としての幸せだ、と。じゃあね、もう一歩踏み込んで、それが本当に幸せかどうかを考えてみてはどうだろう。自然に生きて自然に死ぬのが幸せなら、人間が進歩の過程で衣服を着て住居に住み、医学を進歩させてきたのは何故なのかな?猛獣とか伝染病とか雨風に脅えながら、腰に毛皮一枚巻いた姿でサバンナを走り回る自分を想像してみよう。果たしてそれが幸せだろうか?

「それにしたって避妊手術はひどい」と言うのなら、その点は俺もある程度同意できる。避妊手術がfujimuraさんの言うような絶対悪だとは思わないけれど、外科手術以外の方法があればベターだろう。避妊リングが有効なら、もちろん卵巣とか精巣の摘出より全然いいだろうね。

だけど、残念なことに、人間と猫の生理というのは全く違うのだ。人間の場合、セックスをしても子供ができる確率は極めて低い。周期的な排卵にうまく合わないと受精しないからだ。一方、猫は交尾すると9割ぐらい妊娠すると言われている。妊娠中に交尾しても、追加で妊娠する。これは、性交の刺激によってメスが排卵する仕組みだからだ。受精すると発情はおさまるけれど、受精しないと何度でも繰り返す。つまりね、避妊リングなんかしたら、受精しないのでずっと発情がおさまらないのだ。これ、たぶん拷問だぞ。

しかも、オス猫のチンチンは逆毛のようなトゲだらけだ。このトゲの刺激が排卵を促す役目をしていると言われているのだけど、そんなもん突っ込まれるメス猫はとても痛い。セックスの喜びが快感(愛情含む)もしくは子孫を残すことに由来するものだとすれば、避妊リングは、子孫も残せず苦痛の回数も増えるわけで、二重の苦痛をもたらす可能性が高い。結局、今の状況では外科手術以外に手がないから、選択の余地がない。「常識化」と、「選択の余地がない」ことは全く別なのである。

まとめよう。


猫が猫らしく生きるってなんですか。
人間の手厚い庇護の下、腑抜けになって長生きすることですか。
生来のメカニズムに従って盛り、異性と交わり、子孫を残し、野の中で文字どおり野垂れ死ぬことではないか。



これは「No」だ。fujimuraさん、この程度の自然原理主義に立脚して論を進めようとしちゃうから、安直な結論に飛びついちゃうんだって。

種としての猫族の幸せは絶滅せずに殖えることだろうけれど、俺は、個としての猫の幸せは個体の数だけバリエーションがあると考える。人の数だけ幸せの形があるようにね。野良でも環境が良ければ幸せだろうし、家猫でも坂東家に飼われたら不幸だ。人間の庇護=腑抜けでもないし、野良=野生でもない。自然に人間が介入することが悪、だから自然は自然であれ、なんてのは、自然v.s.人間の軸でしかものを見ない人の言い草だよ。人間の介入も計算に入れなきゃ、もはや自然なんて語れないんだからさ。


じつは、猫に避妊手術を施すことが普及しはじめた時点で、猫を飼うことは限界に達していたのでは。
もしそうなら、飼うのをやめればよい。
個人の慰藉のために猫族が犠牲にならずにすみます。
真に猫族に愛情があるのなら、限界を認め、別離する選択もありではないか。


もちろん、「飼わない」という選択があってもいい。それは人それぞれの主義主張であると思う。同様に、避妊手術をしても猫を幸せにするという選択もある。避妊手術の残酷さだけを取り出して声高に批判したところで、対案が「飼わない」だけじゃなんの解決にもならないのね。

猫に限らずペットを飼うこと、避妊手術を含めたバース・コントロールの問題ってのは、今後も議論をしていく必要のある話だと思う。ただ、明確な結論が出ないからといって、みんな何も考えてないわけじゃぁないんだよ。思考することは、仰るとおり大事だ。そのためにも、きちんと様々な情報を得て消化した上で、再度主張をブラッシュアップしてきて欲しいな。

猫にとってよりよい方法が提示されるような議論なら、パンクスはいつでも喜んでお相手する。
posted by elmo at 18:51| 東京 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
前の記事にコメントしてしまって、それももの凄く長文で。。。
ご負担かけてすみません。
Posted by 花見月 at 2006年09月18日 12:42
花見月さん
いやいや、いつもコメントありがとうございます。ちゃんとお返事してなくてゴメンナサイ。仕事が片づき次第、あらためて皆さんにお返事したいと思ってます。
Posted by elmo at 2006年09月18日 21:50
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