2006年08月25日

表層的な能力と表面的な理解と

未だ怒りおさまらず。何故か。
いろんなとこ、見て回っちゃうからだね。まさかとは思ったが、こんなのにもファンがいて擁護してるのがいる。まぁ、もう流石に驚きはしないけどね。この国には、バカがどんだけいても不思議じゃない。

さてさて、今日はここへのTBを送りつつ。

http://plaza.rakuten.co.jp/catfrog/diary/200608200003/

なお、TB先のBlog主(catfrog氏)がバカだと言ってるわけじゃないので念の為。「バカ」は主に以下の2つのコメントを指す。

子猫を殺すのが悪ならハエやゴキブリを殺すことも悪だよ。

猫はいたずら半分にいとも簡単に自分より小さな生き物をつぶすよ。



現在の日本では、PCも使えてネットにも接続できて、Googleなんかも使えるレベルの教養を持った人間ですら、こんなにも浅薄なことを書き込むのである。バカすぎるので反論は無し。まあ、一言だけ言っとくと、殺生が悪ならば、人間を含む生物は普く悪と言わざるを得ない。善悪二元論でしか行動を制御できないのであれば、君たちは直ちに自害すべきである。

なお、俺はこんなくだらないバカを晒すためにTBしたわけじゃない。catfrog氏の以下の主張に異を唱えるためである。

この作家のやったことは酷いことですがペットを飼うってことの表裏を自覚しているかどうかっていう意味で言うとちゃんと自覚している人だなあとは思う。だから単純に批判するのが難しいのかなあと。



同じく猫を愛する人間として、言いたいことはわからなくない。実際、何も考えていない飼い主というのは存在するからね。でも、坂東の件は別だ。「ペットを飼うことの裏表を自覚し」た結果が、なぜ子猫を殺すことに結びつくのだ?そこには普通の人間には超えがたいハードルがある。

無思慮に猫を捨てる飼い主がいる。思慮に思慮を重ねて子猫を殺す飼い主もいる。無思慮な飼い主はダメで、思慮深い殺猫鬼はいいのか?違うだろう。正しい答えは「どっちもダメ」なのだ。深く思索した結果だからといって、猫を殺すという行為の残虐さは許されるものではない。「単純に批判するのが難しい」と感じるのは、頭で考え過ぎる余り詭弁に翻弄される人の典型的な弱点である。坂東の詭弁に耳を傾けるのは、批判すべき行為を黙認することと同罪であるとさえ思う。


感覚を麻痺させるな。
注視すべき罪を見失うな。
坂東眞砂子は子猫を殺したのだ。
どんな思想に基づこうと、「罪も無い子猫」を「殺した」のだ。


ちなみに、俺には坂東眞砂子が「ペットを飼うことの裏表を自覚している」とは到底思えない。自分の弱さを他者に転嫁するだけの、弱虫で低能で卑怯な俗物だ。だから遠慮なく批判も罵倒もさせてもらう。

直木賞が貰える程度にそれらしい文章を書く能力なんて、PCが使えるのと同じようなもんなんだよ。精神の成熟とは無関係に身に付けられる、という意味ではね。
posted by elmo at 22:37| 東京 ☁| Comment(4) | TrackBack(1) | 激怒 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
同感です。
思考は関係ない。殺した行為は詭弁出来ない
Posted by かな at 2006年08月26日 01:10
TBどもです。

http://shiganon.blog63.fc2.com/blog-entry-13.html
この方↑も書いてる&僕も書いた↓
http://plaza.rakuten.co.jp/catfrog/diary/200608250003/

んですが、昔結構あったことなんですよね。子猫殺しって。それを実際に知ってるので微妙に非難しにくいというか。当然非難が集まる理由も感情も凄く判るんですけどね。

個人的にはこの人の子猫殺しよりも毎年数十万匹殺されている「ペットになるはずだった生産過剰の犬猫」のほうがムカついたりします。

こういうまとめ方は卑怯なんですが色々難しいですよねえ。。
Posted by catfrog at 2006年08月26日 05:35
横レス失礼します。

> catfrogさん
「実際の話というか肌感覚で猫を間引くという行為のことを知っている」とのことですが、それって目の当たりにしてきたということなんでしょうか?
それを知ってどうというわけではないんですが、「そういう話があった」「昔はそうだった」とかって多すぎるから気になってたんですよねぇ。
上のリンクの方だって「大正生まれ程の世代は、普通にあったことだそうですが。 母の田舎のことだそうです。 」ってことですよね。

ま、そういう情報があったからといって、坂東という者の行為が容認されることではないです。つまり、彼女の行為について反感を持っている人には、昔の間引きなんて関係ないんだと思います。少なくとも私はそうです。
Posted by ai at 2006年08月26日 16:43
catfrogさんは、とても責任感が強くて理性的な善人なんだろうと推察します。それはとても素晴らしいことですが、時にその思慮深さはマイナスの枷になりはしまいか、と言いたいのですよ。
例えば、坂東が目の前で今まさに子猫を崖に投げ落とそうとしているとします。或いは、猫の間引きをしようとしている農夫が目前にいる。さて、どうしますか?

事後だから、遠いところで起きている問題だから、いろいろな思考実験は可能になります。でも、それは結局思考実験に過ぎない。相手の立場に立って思考してみることも重要ではありますが、それを重視する余り我々は感情を押し殺しすぎてはいないか。

思慮深くあれ、というのも我々が教育によって得てきた知見ですが、猫を殺すなんてヒドイじゃないか!という感情も教育で授けられてきた情緒であります。情緒が思慮に劣るものではない、ということを、坂東は見失っている。そして、思慮深い皆さんも見失っているような気がするのです。
Posted by elmo at 2006年08月27日 01:33
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