2006年08月24日

腐ったエクスキューズ

昨日の続きである。えぇ、まだまだ怒りますよ。
だって、キチガイ坂東がまたエサを撒いてるからね。

タヒチ島に住んで8年。人も動物も含めた意味で『生』、ひいては『死』を深く考えるようになった。『子猫殺し』はその線上にある。動物にとって生きるとはなにかという姿勢から、私の考えを表明した。人間の生、豊穣(ほうじょう)性にも通じ、生きる意味が不明になりつつある現代社会にとって、大きな問題だと考えているからだ。


ほほぅ。生と死を深く考えた延長で子猫を殺すと。

・・・・はぁ?やっぱりキチガイだね。

生きる意味が不明なのはお前だけだ。お前が「自分探し」にタヒチくんだりまで出かけようが、いい歳こいてレゾンデトールを見つけられなかろうが、そんなこたぁ猫には全く関係が無い。マスターベーションもほどほどにしやがれ。なにが豊饒だ。たとえ南国の楽園に住もうとも、貴様に豊饒な生など与えてたまるか。この蛆虫め、死ぬまで糞溜めで這い回るがいい。

足りない脳味噌で偉そうにものを考えるんじゃない。貴様のような謙虚さのかけらもない女が、文壇の権威を笠に着てノウノウと息をしていることこそ「大きな問題」なのだ。

腐った能書きを垂れ流すそのペンで、まずは死んでいった猫たちに詫びろ。貴様の主張を聞いてやるのはそれからだ。
posted by elmo at 23:05| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 激怒 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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