2006年09月29日

寛大な措置を・・・なんて言うかボケ

もうね、こういう輩は死ねばいいと心底思う。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060929-00000043-mai-soci

反省?しなくていいよ。
更生?無理だと思うぞ。
俺が独裁者になった暁には、老人を脅すガキなんて即射殺だ。

人間には2種類いる。生きるべき人と死ぬべき人だ。基本的人権なんてのは、前者にしか適用すべきではない。

つまりだ。分かりやすく言うとだね、「クズは死んでくれよ」ってことさ。
posted by elmo at 17:39| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 呆怒 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月22日

坂東が言い訳しているようだが

日経の次は毎日か。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060922-00000058-mai-soci

今はこちらも締め切り前で暇がないが、後でゆっくり反論してやる。

ポリネシア政府はくだらない言い訳に惑わされることなく厳罰をもって臨んで頂きたい。弱い人間なんかいくらでもいるし自分でそれを認めることも重要だが、だからといって猫を殺していい理由にはならんのだよ。弱いから、強くなれるようみんな努力してるんだろう。

「弱いから殺すの。私も辛いのよ。」?ふざけるんじゃない。

猫に頼らねば生きていけないような人間が、生と死の意味なんか考えるんじゃない。それ以前にクリアしなきゃいけないハードルを避けてきただけだろうが。

言論弾圧?
当たり前のことを当たり前にできない人間に、言論の自由などあると思うな。
posted by elmo at 16:58| 東京 🌁| Comment(1) | TrackBack(0) | 激怒 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

くすぐりエルモ

皆さんもうお気付きだとは思うが、俺はセサミストリートのエルモが大好きである。
で、エルモのものすごいオモチャが出たらしい。
http://journal.mycom.co.jp/news/2006/09/21/102.html

デモの動画↓ 必見だ。夜中にひとりで見て死にそうになった。
http://www.fisher-price.com/us/products/demo/comm_h9207.asp

日本に入ってくるのなんて待ちきれないので、ネットで買ってやろうと思ったら既にSold outだった。


ちくしょーーーー!誰かプレゼントしてくれーーーーー!!
posted by elmo at 01:25| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

歯は大事だよ〜

ひさびさに煙草ネタ。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060919-00000006-khk-toh

たばこを吸う人は歯の治療代も高くつく―。宮城県国民健康保険団体連合会が、県内の歯科医療機関で受診した50歳以上の患者についてデータ分析したところ、こんな結果が明らかになった。喫煙は歯周病の危険因子とみられており、医療費の負担増大も招く傾向が浮かび上がった。


へぇ。明らかになって浮かび上がったのか。どんな風にかな?

対象者のうち喫煙者は6093人


すくなっ!

非喫煙者は2万5206人(249人は不明)


全然母数違うじゃん。不明ってなによ不明って。

分析結果によると、医療費は非喫煙者の1万5015円に対し、喫煙者は1万7059円と約2000円上回った。


2000円程度ならあんまり関係ないなぁ、俺。
で、一番笑ったのがこの一文。

歯数と喫煙の関係に一定の傾向は確認されなかったが、ゼロ―19本の場合は医療費が1万6000円前後で、20本以上は1万4479円と、歯数と治療代の関連性は高いことが分かった。


歯数と喫煙の関係に一定の傾向がない、ってことは、歯周病の危険因子とは言えない、ってことじゃぁないのでしょうか?危険因子なら、歯周病患者が増える→歯が抜ける→歯数が少なくなるってのが有意な結果として出てないとおかしくない?

歯数と治療代の関連性は高いことが分かったって・・・虫歯が多い人は医療費がかかります、ってだけのことなんじゃないですかね?禁煙を促すのは結構なことでございますが、こういうヘンな情報操作はミットモナイと思うんだがなぁ。ねぇ、河北新報の記者さん。
posted by elmo at 01:02| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 怒笑 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月16日

fujimura氏に回答(2)

fujimuraさん、再々の長いコメントありがとう。
今回はね、「坂東」抜きで避妊手術の是非について書こうと思う。

これまでの俺の記事は、あくまで坂東を糾弾することと、問題が拡散してしまうことへの危惧を主題にしてきたわけだけれど、だからといって「避妊手術」に対して俺の思考が停止していると断じるのは早計に過ぎるよ。なにからなにまでキレイな結論が出てその通りに動けるなら、誰も悩みもしなければ苦労もしない。

最初に書きましたが、私は避妊手術のことをよく知らなかったんですよ。
坂東のエッセイ他で、それが半ば常識化していることを知ったわけです、
これ、人間に置き換えたらどうなりますか?


前回も書いたけれど、「常識化」などしていないよ。あくまでも飼い主が考え、獣医のアドバイスや書籍等の情報を参考にしながら判断しているというのが現状だと思う。ただ、避妊手術を選択している飼い主だって、それが100%正しいなんてあんまり思ってないぞ。このことは、花見月さんをはじめ、皆さんのコメントを読んでも感じ取れるはずだ。

俺が避妊手術を選択する理由は既に書いたので、あえて繰り返さない。
ひとつの理由として「子宮がんの防止」とかがあるそうですが、詭弁っすよ完璧に。

と言われても、俺も「まぁ、これはなんとなく後付けの言い訳的な感じもしなくはない」と言った通りで、「そこ、ツッコムとこと違うよ」、と。もっと俺が書いたことの中で、本筋に目を向けて欲しい。

fujimuraさんは、「避妊手術をするぐらいなら飼わなければいい」という主張なわけだよね。人に飼われず、自然に生き自然に死ぬのが動物としての幸せだ、と。じゃあね、もう一歩踏み込んで、それが本当に幸せかどうかを考えてみてはどうだろう。自然に生きて自然に死ぬのが幸せなら、人間が進歩の過程で衣服を着て住居に住み、医学を進歩させてきたのは何故なのかな?猛獣とか伝染病とか雨風に脅えながら、腰に毛皮一枚巻いた姿でサバンナを走り回る自分を想像してみよう。果たしてそれが幸せだろうか?

「それにしたって避妊手術はひどい」と言うのなら、その点は俺もある程度同意できる。避妊手術がfujimuraさんの言うような絶対悪だとは思わないけれど、外科手術以外の方法があればベターだろう。避妊リングが有効なら、もちろん卵巣とか精巣の摘出より全然いいだろうね。

だけど、残念なことに、人間と猫の生理というのは全く違うのだ。人間の場合、セックスをしても子供ができる確率は極めて低い。周期的な排卵にうまく合わないと受精しないからだ。一方、猫は交尾すると9割ぐらい妊娠すると言われている。妊娠中に交尾しても、追加で妊娠する。これは、性交の刺激によってメスが排卵する仕組みだからだ。受精すると発情はおさまるけれど、受精しないと何度でも繰り返す。つまりね、避妊リングなんかしたら、受精しないのでずっと発情がおさまらないのだ。これ、たぶん拷問だぞ。

しかも、オス猫のチンチンは逆毛のようなトゲだらけだ。このトゲの刺激が排卵を促す役目をしていると言われているのだけど、そんなもん突っ込まれるメス猫はとても痛い。セックスの喜びが快感(愛情含む)もしくは子孫を残すことに由来するものだとすれば、避妊リングは、子孫も残せず苦痛の回数も増えるわけで、二重の苦痛をもたらす可能性が高い。結局、今の状況では外科手術以外に手がないから、選択の余地がない。「常識化」と、「選択の余地がない」ことは全く別なのである。

まとめよう。


猫が猫らしく生きるってなんですか。
人間の手厚い庇護の下、腑抜けになって長生きすることですか。
生来のメカニズムに従って盛り、異性と交わり、子孫を残し、野の中で文字どおり野垂れ死ぬことではないか。



これは「No」だ。fujimuraさん、この程度の自然原理主義に立脚して論を進めようとしちゃうから、安直な結論に飛びついちゃうんだって。

種としての猫族の幸せは絶滅せずに殖えることだろうけれど、俺は、個としての猫の幸せは個体の数だけバリエーションがあると考える。人の数だけ幸せの形があるようにね。野良でも環境が良ければ幸せだろうし、家猫でも坂東家に飼われたら不幸だ。人間の庇護=腑抜けでもないし、野良=野生でもない。自然に人間が介入することが悪、だから自然は自然であれ、なんてのは、自然v.s.人間の軸でしかものを見ない人の言い草だよ。人間の介入も計算に入れなきゃ、もはや自然なんて語れないんだからさ。


じつは、猫に避妊手術を施すことが普及しはじめた時点で、猫を飼うことは限界に達していたのでは。
もしそうなら、飼うのをやめればよい。
個人の慰藉のために猫族が犠牲にならずにすみます。
真に猫族に愛情があるのなら、限界を認め、別離する選択もありではないか。


もちろん、「飼わない」という選択があってもいい。それは人それぞれの主義主張であると思う。同様に、避妊手術をしても猫を幸せにするという選択もある。避妊手術の残酷さだけを取り出して声高に批判したところで、対案が「飼わない」だけじゃなんの解決にもならないのね。

猫に限らずペットを飼うこと、避妊手術を含めたバース・コントロールの問題ってのは、今後も議論をしていく必要のある話だと思う。ただ、明確な結論が出ないからといって、みんな何も考えてないわけじゃぁないんだよ。思考することは、仰るとおり大事だ。そのためにも、きちんと様々な情報を得て消化した上で、再度主張をブラッシュアップしてきて欲しいな。

猫にとってよりよい方法が提示されるような議論なら、パンクスはいつでも喜んでお相手する。
posted by elmo at 18:51| 東京 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月11日

百聞は一見に如かず

コメントをたくさんもらってホクホクのelmoである。やはりたくさん書いてもらったら、ちゃんとたくさんお返事したい。ので、正式な返答は時間のあるときに必ず。

今日はね、とりいそぎ「思考不要」な脊髄反射について、簡単に俺の考えを書こうと思う。

fujimura氏は私を「思考停止している」と評しているけれど、別にこのBlogは熱さをウリにしているわけでも、体育会系の筋肉脳をウリにしているわけでも無い。もちろん、自分なりにいろいろ考えてるよ、ってのは行間を読める方々にはある程度わかっていただけるはず!・・・・です・・・・か?(笑)

そもそも、今回の坂東の件で言いたかったことは2つ。

坂東!猫殺してんじゃねぇよっ!

ってのと、

頭でっかちになっちゃダメだ!

ってことだったわけですよ。ウソだと思ったら読み返してね。
ご紹介頂いた某所では「理屈ではないという主張」なんてまとめられちゃってたけど、それもちょっとニュアンス違うなぁ、とは思ったり。まあいいけども。

で、最初の「猫殺すな」ってのは常識ある人なら常識なわけで、これを深く思索したり議論したりする必要は無いんじゃないの?猫殺すことの是非なんて、わざわざ避妊の是非だの肉食菜食だの昔は間引きがあっただの保健所では毎日・・・だのを持ち出して、侃々諤々やり合う必要があるの?「思考不要」なことなんではないのですか?と言いたいのですよ。こういう自明なことは脊髄反射で処理できるように、我々は情操教育を施されてきたはずではないですか?

で、こういう冗長な議論に陥ることの実害も大きいと思うんだよ。ディベート遊び的な議論を繰り返すことで、問題の本質はどんどん薄められて散文的になっていっているように感じる。単純に「猫を殺しちゃいけません」てだけの話が、俺を含めてこんだけ長文で議論されてるってこと自体が・・・ね?

もしも言ってわからなければ、写真でも見てもらおうか。

207458417_21.jpg

これが俺の愛する猫のシェスタちゃんだ。ちなみに写真ではわかりにくいかもしれないが、ソファに座っている俺の足に抱きついて甘えているところである。

こんな可愛い生き物、殺せますか?こんな甘え方をする相手に、「本当に意思疎通はできているのだろうか」なんて疑念を抱きますか?

まぁ、「他人の子供の写真」同様に、猫が好きじゃない人にはわからないことなのかもしれないけれど、そこで自分の大切なもの、愛するものに置き換えて理解できるってのも「情緒」なわけでね。

どうなのよ、社会の人々。みなさんの周辺では、情緒失われてませんかね?
posted by elmo at 21:04| 東京 🌁| Comment(4) | TrackBack(0) | ほのぼの | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月10日

fujimura氏に回答

fujimuraさん、お待たせしました。
初めての方は、以下の日記とコメントを一通り読んでからってことで、ひとつよろしく。
http://punxlife.seesaa.net/article/22710975.html#comment

まずはお礼からだな。長文のコメント、どうもありがとう。これは本当になんの他意もなく言うのだけど、たとえそれがどんな内容であれ、コメント頂けるのは大変ありがたい。下手なりに文章書くのは楽しいのでね。

んじゃまぁ、一応の礼は済んだところで料理にとりかかりましょうかね。
まずひとつめ。ペットの避妊手術について。

私は猫をはじめ動物を飼ったことがありません。
そんな人間が坂東氏のエッセイを読んで驚いたのは、猫に避妊手術をすることは常識ってことです。
これは理屈ではなく感覚ですが、避妊手術しなければいけないくらいなら猫なんか飼うな、と思います。


坂東のエッセイを読んだだけで「避妊手術が常識だ」なんて思ったらいけませんよ。これに関しては飼い主の数だけ判断があって、何かひとつの答えが常識になることなんて未来永劫無かろうと俺は思っている。ただ俺は、一緒に暮らす猫に避妊手術を施すことを選択した。これは紛れもない事実だし、今後も未手術の母猫1人、子猫8人には手術をする。そういう意味で、基本線として俺は避妊・去勢手術賛成派ということになるだろう。理由は簡単。手術をしないことの方が、手術をすることよりも猫にとってデメリットが多いと思うからだ。

まず、避妊・虚勢をしなかったところで、発情期が来ても相手がいないという問題がある。交通事故や感染症のことを考えると、俺は猫を自由に外に出すなんてことは怖くて出来ない。つまり、家の中にパートナーを用意するか、どこからか相手を連れてきてお見合いさせない限り、猫は悶々とした状態で我慢させられるわけだ。人間と違ってオナニーで処理するわけにもいかないし、ちょっと風俗に、ってなわけにもいかない。飼い主によっては、男の子ならオナニー的な処理をしてあげる、女の子なら綿棒とかで処理してあげるって人もいるけれど、俺はそれも違和感があってあまり賛成できない。

もともと猫というのはセックスによって快楽を得るものでは無いらしく、発情というのはより純粋に生殖への欲求と考えられる。とすれば、実際に子孫を残せなければ悶々もツライだけなのではないか、というのが俺の考えだ。そういった意味では、佐藤亜紀氏が言うような「避妊リングの開発(http://tamanoir.air-nifty.com/jours/2006/08/2006824.html)」というのも、アイデアとしては面白いし効果があるものなら価値があろうと思うが、うーんどうなのだろう、というのが正直なところだったりする。で、現時点において現実的な解決策が無い以上、避妊・虚勢をしなければ周期的にずっとこのツライ悶々を愛猫に課すことになる。これはとても可哀想である。一度発情期の猫と1ヶ月一緒に暮らしてごらんよ。マジでいたたまれないから。

次に、卵巣や子宮、精巣を摘出することで、その部分に関する重篤な病気の心配が無くなるというのもある。実際に子宮ガンなんかのリスクは無くなるし、発情のストレスが無い分長生きするという説もある。まぁ、これはなんとなく後付けの言い訳的な感じもしなくはないが、飼い主としては愛猫に長生きして欲しいのが当たり前なので、避妊を選択するひとつの理由にはなると思う。

もうひとつ。坂東は
獣の雌にとっての「生」とは、盛りのついた時にセックスして、子供を産むことではないか。

なんてことを抜かしている。俺が最も違和感を感じるのがここだ。オスだろうがメスだろうが、獣を含む全ての生物にとっての「生」とは、まず自分自身が生きることである。飼い猫は自然ではないから不幸だと言う人もいるが、自然であることが幸福であるとは俺は思わない。まず自分自身が外敵や風雨に脅かされず、平穏に暮らせることに勝る幸せがあるとは思えないからだ。「大自然の中で生き、セックスして子供を産むことが幸せ」なんてのは、外的に脅かされなくなった人間様だから言えることだろう。

以上が俺が避妊を選択する理由だが、その俺とて外科手術に一片の躊躇も無いわけではない。あえて言えば、止むを得ない、というところだ。ムツゴロウさんのような特殊な環境の人を除けば、殆どの飼い主は葛藤と心配を抱えつつ、止むを得ないから避妊手術を選択しているのだと思う。

「それなら飼うな」と言うなら、「君は飼わなくていいよ、でも俺は飼うよ」ってことでしかない。それは俺のエゴだが、何を言われようと俺と猫はラブラブなのである。俺は猫を死ぬほど愛しているし、家の猫もオフィスの猫も、みんな俺を大好きでいてくれている。それが俺と猫にとっての幸せなのだ。坂東をキチガイ扱いしたら自分の罪が許されるなんて、甘い考えでいるわけがないじゃないの。俺が猫を飼うことに罪があるとしたら、その罪は猫を徹底的に愛することでしか贖えないんだから。

つまり、
それならば、elmoさんは、避妊手術をしたことによって封じられた命に対して詫びているのでしょうか。

ってのも、詫びるんじゃなくて愛することが一番だと思うわけだ。

「命」がどの段階で発生すると定義すべきか、なんて話になるとまたややこしいし。もし、避妊手術をして封じられた命とオナニーでティッシュの藻屑になった精子がどう違うのか、なんて哲学的(?)な話になったらそれこそ収拾がつかないし、そんなの猫も俺も幸せじゃないし。


ってことで、次の料理にいきましょうかね。

坂東氏の文章は、少なくともelmoさんの文章より数倍冷静に書かれています。
elmoさんは肉を食べるが自分で殺すのはイヤだと書いています。
なんという身勝手!
避妊手術も同様で、獣医に施していただいたのであって、自分の手は汚していない。
あらかじめ世の糾弾を覚悟でエッセイを発表した坂東氏の態度が潔く感じられるほどに、elmoさんの自己撞着はひどいものがあります。



だから自家撞着だって言ってるじゃないの。全部エゴだって。エゴで何が悪い?って。それ言ったら、人間なんて全員そうでしょうに。近代の人間はすべからく自分の手を汚さないで生きてる。牛のブッチャーだって豚肉食うし、ゴミは清掃業者が回収すんでしょうが。いちいちそんなこと恥じてて生きていけますかって。

ついでに言っておくと、俺の文章が感情的なのも当たり前。最愛の生物である猫を殺してるキチガイがいる。しかも、それをノウノウとエッセイのネタにしてやがる。冷静にね。こんなこと、許せるわけがない。fujimuraさんは冷静なことがエライと思ってるかもしれないけれど、俺は生憎と「精神的パンクス」なわけで、行儀よくマジメなんてできやしなかったの。(これはパンクじゃなくて尾崎か)。怒りを怒りとして表現できないなんて、そんなつまらんBlog書いてもしょうがないでしょ?

じゃ、次。メインディッシュにいこうか。

>捨てるのだって殺すよりマシ。捨てたことに罪悪感を感じたら、
>次は同じことを繰り返さなければいい。

これは賛同できません。
捨てて野良猫となり、人間を傷つけることもありますよね?
elmoさんの可愛い赤ちゃんが猫によって傷つけられても、文句を言わないのでしょうか。



これ「は」じゃなくて、「全部」賛同できないでしょ?
「殺すより捨てるほうがマシ」と書いたのは、他の事件(http://punxlife.seesaa.net/article/21883523.html)を受けてのこと。もちろん、猫を「捨てる」のは「殺す」ことの次ぐらいに、俺にとっては怒りの対象になる行為だ。捨てるぐらいなら飼うんじゃねぇよ!と言いたいが、それでも崖に叩き落としたり、面白半分で切り刻んだり、閉めきった建物に置き去りにしたりするよりは「マシ」だ、と言いたいだけだ。

ただ、それは野良猫が自分の赤ん坊を襲うからではない。鬼の首とったつもりでいるのかもしれないけれど・・・申し訳ない、俺は赤ん坊を野良猫が引っ掻いたぐらいでは文句は言わない。実際、ウチの息子は赤ん坊の頃から猫に引っ掻かれるは噛みつかれるわしている。猫は猫科だが虎やライオンじゃないんである。赤ん坊が襲われたところで、死ぬほどのケガなんかしない。「息子より猫が可愛いんじゃないの?この人でなし!」と思うかもしれないが、そんなことはない。猫と息子とどっちが大事かなんて、考えたことも無いし今後も考える予定は皆無だ。バカバカしいからね。

だいぶ疲れてきた。そろそろデザートにしようか。

>深く思索した結果だからといって、
>猫を殺すという行為の残虐さは許されるものではない。

坂東氏は許されようとしていないと思う。
elmoさんこそ、誤読してなにを熱くなっているのかと思います。



パンクスが熱くなって悪いか、ってのはもう書いたよね。俺は坂東が「許されようとしている」とは言ってない。「俺は許さないぞ」と言っているのだ。誤読しないように。

あとはまぁ、批判というほどのことはない内容だな。坂東擁護者の罵倒なぞ、痛くも痒くも無い。

ひとつだけ明確にしておく。坂東は、猫を殺しているという一事のみをもって、俺にとっては「絶対悪」である。善悪二元論も糞もない、ただの感情論である。

俺は坂東が大嫌いだし、ブチ殺してやりたいぐらい憎んでいる。

以上、ご静聴ありがとうございました。
posted by elmo at 02:47| 東京 🌁| Comment(10) | TrackBack(0) | 怒笑 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月08日

まとはずれな批判は慎むべし

http://hattori.cocolog-nifty.com/brog/2006/08/post_0a25.html

何言ってるんだかなー。

そもそも飼っている犬や猫を殺している人など、日本には数えきれないほどいるではないか。日本各地の保健所で、どのくらいの数の犬や猫が処分されているのかご存じか。


ってさ、それこそ問題のすり替えであり、詭弁であるってことがなぜ自覚できないのだ?40歳ってことは俺より3つ年上だし、批評家なんだから日本語だって堪能なんだろうに。

保健所で何匹の犬猫が殺されていようが、それで坂東真砂子の罪が軽くなるわけではない。また、保健所での殺処分に言及しなかったからといって、我々がそれを知らないわけでもないし、容認していることにもならない。(できれば目を背けていたいことではあるけれど。)坂東真砂子が叩かれているのは、単にそれが大きく報道された、イコール批判の対象として俎上に上ったからだ。ペットを飼う資格の無い飼い主への批判だって、あちこちのBlogで日常的に書かれてるじゃない。

服部先生、

自分のごく身近にある犬猫殺しから目をそらし


なんて思うのは、それが偶々あなたの目に入らないってだけでしょう?坂東真砂子の件が「ヒステリック」に思えるのは、それが大きなニュースになってあなたの目につきやすかっただけ、ってことと同義だ。

我々猫好きは、それが誰であれ猫を殺す人間を許しはしない。もちろん保健所で殺処分されてる猫だって、道路で車に轢かれてる野良猫だって、できれば助けたいと思っている。現実的に全ての猫を助けられないからこそ、徒に面白半分で猫を殺すようなヤツや無計画に子猫を産ませるヤツを罵倒せずにいられないのでしょうが。

ネットで坂東眞砂子を鬼畜だの人でなしだの非難している人たちは、同じような鬼畜と人でなしが、自分の近所にも大勢住んでいることに注意を払うべきではないのかね……。


さて、服部先生に伺いますが、「注意を払う」とは具体的にどういうことを想定してますか?

ご近所さんを監視する?
鬼畜がいるかもしれないから家から出ない?

少なくとも私は、もし近所に猫を捨てるようなヤツがいれば、「鬼畜!」と罵倒するぐらいのことはしますが。場合によっては傷害罪覚悟でぶん殴るかもしれない。どうですか?それじゃ注意を払ったことになりませんかね?
posted by elmo at 01:35| 東京 🌁| Comment(2) | TrackBack(1) | 呆怒 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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