2006年08月30日

韓国、日和ってます

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060829-00000416-yom-int

韓国警察庁は29日、暴走族が事前に申告すれば、指定する道路や時間帯で集団走行を認めるとの方針を発表した。

 暴走族の欲求に条件付きで応えることで、暴走行為をなくすことを狙った苦肉の策だが、効果に対して疑問の声も上がっている。

 韓国では日本の植民地支配からの解放記念日「光復節」(8月15日)などの祝祭日に、暴走族がオートバイなどで集団暴走を行う。年々、暴走行為は激しくなる一方で、今年の光復節には取り締まりの警察官がオートバイにはねられ重傷を負った。

 発表によると、暴走族が事前に警察署などに申告すれば、祝祭日に特定の道路、時間内で仲間たちとの集団走行を許可する。ただ、集団の先頭と後尾は警察の車両が走り、「エスコートする」という。


韓国にも暴走族っているのね。どんなバイク乗ってるんだろう。やっぱり日本製なのかな。日本製のバイク乗っといて「光復節」ってこたぁないか。韓国製のバイクってあったっけ。ヒュンダイとかは二輪作ってないよね?みんなKYMCO(台湾製)とかだったら笑えるなぁ。タイホンダとかタイカワサキなら日本製じゃないからOKってのもあるか。

でもなぁ、先頭とケツもちを警察が走ったら、それはもはや「暴走」ではないでしょう。「集会やりまーす」って申告するってのも、なんか平和的でほほ笑ましいし。パレードか?どうなんだろう、この制度。活用されるんだろうか。
posted by elmo at 19:39| 東京 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | ほのぼの | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月29日

溜飲

http://tamanoir.air-nifty.com/jours/2006/08/2006823.html
http://tamanoir.air-nifty.com/jours/2006/08/2006824.html

俺の敬愛する作家である佐藤亜紀氏が、件の猫殺しについて言及している。
流石に慧眼!である。どっかの三流作家とは大違いだ。

だが、それにひきかえ、氏の日記にトラックバックしている某思想家気取りの寒いこと・・・。自分ではお利口さんのつもりかしれんが、君はただの「頭でっかち」だよ。議論、そして長文ご苦労だ。でもね、「愛猫家」なんて単純にカテゴライズして理解した気になったらいけませんよ。

さて、個人的には町田康先生のコメントが待たれるところではある。
posted by elmo at 04:03| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

紋切型だけど、それって税金の無駄遣い

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060827-00000101-yom-soci

両親に喫煙・飲酒習慣があると、その子供が中高生になって喫煙・飲酒する割合が、両親に習慣がない場合に比べていずれも大きく、父親よりも母親の影響を受けていることが、厚生労働省の研究班(主任研究者・林謙治国立保健医療科学院次長)の調査でわかった。

 林次長は「子供を指導する前に親を指導することが必要」と指摘している。

 この調査は、厚生労働省研究班が全国の中高生、のべ約32万4500人にアンケートし、1996年度から4年ごとに2004年度まで実施。今年度になって、林次長が再分析を加えた。

 04年度の調査によると、喫煙する母親を持つ女子の喫煙率は、喫煙しない母親を持つ場合の1・81倍で、飲酒する母親を持つ女子の飲酒率はそうでない場合の1・66倍。父親が喫煙や飲酒をする場合は、それぞれ、しない場合の約1・3倍だ。



最も身近な親が吸ってりゃ2倍程度に増えるのは当たり前だと思うが、まぁ調査が有益な施策に結びつけば良いだろう。でも、調査から導かれる結論が「子供を指導する前に親を指導することが必要」ってんじゃぁ、調査自体が税金の無駄遣いだ。そんなことはわざわざ調査しなくても自明なことではないの?

このニュースからだと、林次長の「親を指導」の意図も不明。「親に禁煙するよう指導」なのか、それとも「未成年者には喫煙させないよう指導」なのか。ちゃんとプレスリリースしてくんないとわかんないじゃん。厚生労働省のサイトにもそれらしき情報は載ってないしなー。
posted by elmo at 03:40| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 呆怒 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月25日

表層的な能力と表面的な理解と

未だ怒りおさまらず。何故か。
いろんなとこ、見て回っちゃうからだね。まさかとは思ったが、こんなのにもファンがいて擁護してるのがいる。まぁ、もう流石に驚きはしないけどね。この国には、バカがどんだけいても不思議じゃない。

さてさて、今日はここへのTBを送りつつ。

http://plaza.rakuten.co.jp/catfrog/diary/200608200003/

なお、TB先のBlog主(catfrog氏)がバカだと言ってるわけじゃないので念の為。「バカ」は主に以下の2つのコメントを指す。

子猫を殺すのが悪ならハエやゴキブリを殺すことも悪だよ。

猫はいたずら半分にいとも簡単に自分より小さな生き物をつぶすよ。



現在の日本では、PCも使えてネットにも接続できて、Googleなんかも使えるレベルの教養を持った人間ですら、こんなにも浅薄なことを書き込むのである。バカすぎるので反論は無し。まあ、一言だけ言っとくと、殺生が悪ならば、人間を含む生物は普く悪と言わざるを得ない。善悪二元論でしか行動を制御できないのであれば、君たちは直ちに自害すべきである。

なお、俺はこんなくだらないバカを晒すためにTBしたわけじゃない。catfrog氏の以下の主張に異を唱えるためである。

この作家のやったことは酷いことですがペットを飼うってことの表裏を自覚しているかどうかっていう意味で言うとちゃんと自覚している人だなあとは思う。だから単純に批判するのが難しいのかなあと。



同じく猫を愛する人間として、言いたいことはわからなくない。実際、何も考えていない飼い主というのは存在するからね。でも、坂東の件は別だ。「ペットを飼うことの裏表を自覚し」た結果が、なぜ子猫を殺すことに結びつくのだ?そこには普通の人間には超えがたいハードルがある。

無思慮に猫を捨てる飼い主がいる。思慮に思慮を重ねて子猫を殺す飼い主もいる。無思慮な飼い主はダメで、思慮深い殺猫鬼はいいのか?違うだろう。正しい答えは「どっちもダメ」なのだ。深く思索した結果だからといって、猫を殺すという行為の残虐さは許されるものではない。「単純に批判するのが難しい」と感じるのは、頭で考え過ぎる余り詭弁に翻弄される人の典型的な弱点である。坂東の詭弁に耳を傾けるのは、批判すべき行為を黙認することと同罪であるとさえ思う。


感覚を麻痺させるな。
注視すべき罪を見失うな。
坂東眞砂子は子猫を殺したのだ。
どんな思想に基づこうと、「罪も無い子猫」を「殺した」のだ。


ちなみに、俺には坂東眞砂子が「ペットを飼うことの裏表を自覚している」とは到底思えない。自分の弱さを他者に転嫁するだけの、弱虫で低能で卑怯な俗物だ。だから遠慮なく批判も罵倒もさせてもらう。

直木賞が貰える程度にそれらしい文章を書く能力なんて、PCが使えるのと同じようなもんなんだよ。精神の成熟とは無関係に身に付けられる、という意味ではね。
posted by elmo at 22:37| 東京 ☁| Comment(4) | TrackBack(1) | 激怒 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月24日

腐ったエクスキューズ

昨日の続きである。えぇ、まだまだ怒りますよ。
だって、キチガイ坂東がまたエサを撒いてるからね。

タヒチ島に住んで8年。人も動物も含めた意味で『生』、ひいては『死』を深く考えるようになった。『子猫殺し』はその線上にある。動物にとって生きるとはなにかという姿勢から、私の考えを表明した。人間の生、豊穣(ほうじょう)性にも通じ、生きる意味が不明になりつつある現代社会にとって、大きな問題だと考えているからだ。


ほほぅ。生と死を深く考えた延長で子猫を殺すと。

・・・・はぁ?やっぱりキチガイだね。

生きる意味が不明なのはお前だけだ。お前が「自分探し」にタヒチくんだりまで出かけようが、いい歳こいてレゾンデトールを見つけられなかろうが、そんなこたぁ猫には全く関係が無い。マスターベーションもほどほどにしやがれ。なにが豊饒だ。たとえ南国の楽園に住もうとも、貴様に豊饒な生など与えてたまるか。この蛆虫め、死ぬまで糞溜めで這い回るがいい。

足りない脳味噌で偉そうにものを考えるんじゃない。貴様のような謙虚さのかけらもない女が、文壇の権威を笠に着てノウノウと息をしていることこそ「大きな問題」なのだ。

腐った能書きを垂れ流すそのペンで、まずは死んでいった猫たちに詫びろ。貴様の主張を聞いてやるのはそれからだ。
posted by elmo at 23:05| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 激怒 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月23日

感覚を麻痺させるな

いやはや、こんなに嫌な気持ちになるのは何年ぶりだろう。
ネット上はお祭り状態なので知らない人もいないだろう、という前提で書くのだが、坂東眞砂子とかいう三流作家が、猫を殺しまくっているというコラムを日経に書いたらしい。

坂東眞砂子の行為の是非なんか、まったく論じる気は無い。これが異常だと思えない人間は、もちろん本人も含めて頭がどうかしているのだ。キチガイをキチガイと罵ることほど、無駄なことはないだろう。タヒチに住んでるから法に触れないとか思ってるのかもしれないが、世の中、危険なキチガイを野放しにしておくほど寛容ではない。いずれ坂東眞砂子も、自身の身を持って知ることになるだろう。個人的には、卑しくも作家なら今のうちに自害しろと言っておく。

さて、問題はいろいろな人々の反応である。
やれ、避妊手術は是か非かだの、猫を殺すこととゴキブリを殺すことの何が違うのか、だの。

頭でっかちだな、と思う。感覚で判断すればいいことを、わざわざ理屈で説明することになんの意味があるのだ。論理的な整合性って、そんなに重要なことか?猫は可愛い、ゴキブリは気持ち悪い。だから猫は飼う、ゴキブリは叩き殺す。それは人間のエゴである。エゴで何が悪い?

避妊手術にしたって同じこと。猫が生物として自然な状態であることを優先するならば、手術しないで好き勝手に子を産ませればよい。一緒に暮らすことや養育という経済的な理由を優先するなら、避妊手術をすればよい。両方嫌だというなら、生まれた子猫の里親を探すなり、野良猫にするなりすればいいのだ。タヒチあたりなら、野良猫だって東京よりは生きやすいだろう。その程度の理屈だけ筋を通しておけば、あとは自分の感覚で判断すりゃいい。捨てるのだって殺すよりマシ。捨てたことに罪悪感を感じたら、次は同じことを繰り返さなければいい。このぐらいが、普通の人の感性だろうと思う。

俺は、猫が可愛いから飼う。子猫が生まれれば、最大限の責任をもって育てる。実際、会社に8匹、家に2匹の猫がいるのは、自分のキャパシティが許す限り多くの猫を可愛がりたいというだけの理由だ。当然、東京にいる以上これ以上は無理なので、避妊手術はする。

俺は、ゴキブリは叩き殺すし、蚊もぶち殺す。ネズミになると微妙だが、自宅に現れた場合、自分で叩き殺すのはツライので業者に頼むかもしれない。牛は食う。豚も食う。鶏も食う。大いに食う。だが、自分の手で屠殺するのは嫌だ。製品としてスーパーに並んでいるものを買う。魚は釣るから、自分の手で殺す場合もある。でもさして罪悪感は感じない。キャッチ&リリースなんかすると、余計罪悪感を感じるかもしれない。

要するに、こんなこと、議論の俎上にのせるようなことではないのだ。論理的に自己矛盾していようが、感覚に従って食いたいものを食い、愛す者たちと暮らす。権利とか義務じゃない。それが幸せだと感じるからそうするだけだ。

自分の罪悪感を薄めるために、自分の罪を正当化するために、なんやかやと理屈をつける。ただの言い訳だ、そんなもん。人間はエゴをもってしか生きられない。原罪とか言うつもりもないが、それは当たり前のことだ。自己矛盾に陥るのが怖いのなら、卵と乳製品だけ食って部屋に引き籠もっていろ。乳製品でも、おなかにやさしいビフィズス菌はダメだ。おなかの中の悪い菌を殺しちゃうからね。もちろん表皮常在菌を殺さないよう、風呂なんか厳禁だ。それができないなら、とっとと自害しろ、ってんだ。

理屈ばかり語って感覚を抑え込むな。感性こそ、人間を人間たらしめているものである。
posted by elmo at 18:12| 東京 ☁| Comment(13) | TrackBack(2) | 激怒 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月16日

BootCamp 1.1

BootCampのpublic betaが1.1になってた。
MacBook Pro/Windows XPでも、やっと無線LANが使えるようになったよ。
あと、なんかApple Keyboardのサポートが入ってるようだ。
なにができるのか調べないとナ。
posted by elmo at 20:02| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月03日

小さき命をなんだと思ってるのだ

http://www.excite.co.jp/News/society/20060803121742/Kyodo_20060803a402010s20060803121742.html

どんな理由や事情があったとしても、これは絶対に許せない。万死に値する。

だが、不可解なのは家主の行動。
松本知子(この名前がまた・・・)容疑者が退去したのが3月。エサを与えなくなったのが6月。店子を退去させておいて、その後2ヶ月も何もしなかったのは何故だ?猫が残されていたのなら、なぜせめて扉を開けて外に出られるようにしなかったのだ?

不本意なことだが、法律上ペットは飼い主の所有物と見做されるはずだ。所有物を放置して借家を退去したのなら、その処分は家主が行って、かかった費用を店子に請求するってのが普通の手順だと思う。店子が退去した後の物件の管理責任は家主にあるはずだろう。

22匹もの猫の里親を探せとは言わないが、死ぬのがわかっていて閉じこめていたのは家主も同じではないか。ならば、家主も容疑者同様に逮捕、処罰されるべきだ。まあ、家主にどんな事情があったのか、今後の報道を待って判断すべきかもしれないが。




いずれにせよ、猫を殺すような奴は俺がこの手で八つ裂きにしてやりたい。
それが俺の偽らざる本音。
posted by elmo at 20:32| 東京 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 激怒 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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